退屈な夜

 ブランデーがなみなみと注がれたグラスの中で、裸の女が夢のように舞う。女は上に下にと自在に泳いでその度に長い髪と薄い陰毛が怪しく揺れた。そして、時に何かを憂うような表情を見せたかと思うと、その次には激しい怒りに眉を寄せていたりする。私はカウンターに肘をつきながら彼女の舞を見ていた。いくら見ていても飽きることはない。私はいつまでも琥珀色の夢に見とれている。
 私の隣に座っていたロボットが駆動系からガリガリと嫌な音を立てながら酒を飲んでいる。肩から背中にかけての部分がひどく錆びてしまっていて、長年の労働の跡を思わせた。ロボットはジンを飲むたびに目がぴかぴかと光る。その光がグラスの中の女を美しく照らしていた。
「ウツクシイ女性ダ」ロボットは彼女を褒める。
「彼女ニカンパイ」そう言って残っていたジンを一気にあおった。右目が青く、左目は赤く明滅した。
「どうしてそんな話し方を?」私は訊く。
 ロボットは困ったように耳を回した。「ワタシガろぼっとデアルコトノあいでんてぃてぃーダトオモッテクレ。イクラ思考るーちんガ発達シヨウト、ワレワレハろぼっとダトイウ事実カラハノガレラレナイ。ろぼっとハろぼっとニ、ニンゲンハニンゲンニ」
 ロボットはバーテンに再びジンを頼んだ。私は再びブランデーの中の女に視線を戻す。女はくるくると回って、ブランデーを撹拌していた。
 なかなか気分よくしていた私の目の前にいきなりバーテンの手が伸びて、女が入ったグラスを持ち去ってしまおうとする。「申し訳ございません。ご注文を間違えました」
 バーテンは恭しく礼をして、私が止める間もなくそのグラスをテーブル席にいたでっぷりと恰幅のよい女の前に運んでいく。その女はバーテンの手からグラスを引ったくって一口で飲み干す。口の中からカリカリと軽い音がした。そして女は連れの男とロンドン経済について話し始める。
「アレガ彼女ノ運命ダッタノサ」ロボットが目を光らせながら言った。「サァ、酒ヲノモウ。トコシエノ夜ニカンパイダ」
 私は新しいブランデーを注文する。そこには新しい女が入っていて、柔らかな体で踊る。彼女は優しく笑っている。私は思わず笑い返してしまって、それっきり彼女の踊りを見続けている。一滴でも涙を流してくれたらすべてがグラスから溢れるというのに、彼女の踊りはスポットライトを浴びていつまでも続く。