衣替え
なんとなくデザインを変えてみた。読みやすくなるとか、そういうものは一切気にしてません。
『何をいまさら的なことを、自分の思考をまとめる兼メモ書き程度に』
例えば、ベストセラーの本は総じて恋愛モノ(あるいはそれに準ずるもの)であることが多い。村上春樹の『ノルウェイの森』も片山恭一の『世界の中心で、愛を叫ぶ』も恋愛モノである。スタニスワフ・レムの作品で最も有名な『ソラリスの陽のもとに』も恋愛モノである(レム本人は否定しているけれど)。女子中高生にものすごく売れてるケータイ小説とやらも、全て恋愛モノだ。
それでは、なぜ《恋愛モノ》が売れるのか。
ひとつは共通体験である。登場人物に共感し、物語に没入するためには、自己投影がもっとも手っ取り早い。上記のケータイ小説は『いまどきのオンナのコが、いまどきのレンアイを、カザらない言葉で書いた』という売りがある。これについては色々と疑問も残るけれど、年代が違う人が書いたものよりも同年代と言うだけで、同調性はかなり高まるだろう。
ひとつは神格化である。愛情というものが崇高な位置にまで持ち上げられ、それに皆憧れているのかもしれない。憧れとは手にしていないものに抱くもの。では、今、もてはやされている世間一般で言うところの“レンアイ”は“愛”とは違うのだろうか。それは裏返せば逃避である。
ひとつは汎用性である。いかなる物語にも人間が存在するかぎり恋愛が含まれる余地はあるし、どのように割り込んできても不自然になることはない。なおかつ、読み手の方も選ぶことがない。本当におもしろいものは、年齢性別関係なくおもしろく読むことができる(これはあらゆる作品に言えることだけど)。
とりあえず、今日はこれくらいにしとこうっと。全然まとまってないし、まだ書き足りないけど。
あんまり現実がヤスいから、こんなクソカタい本が欲しくなるのかもな。
武富健治『シャイ子と本の虫』より